父がお世話になっていた施設と病院に
手土産を持ってご挨拶へ。
お盆で人手が少なく、忙しいだろうから
顔だけ出して帰宅。
葬儀の時も四十九日も、忙しくて
きちんとしたお礼もご挨拶も出来無くて
これは遺族の自己満足とはわかっているけど
やっぱり…ね。
そして、北国に戻ってきたら
取り敢えずご挨拶。
これも気分的なものかもしれません。
「神とよばれた吸血鬼」でモデルの一つとされた神社
札幌にあるのは分社で、本社は新潟。
流石に新潟への参拝は無理だなぁ…と思っていたら
札幌に分社があるとは何たるご縁\(^-^)/
小さいけれど、可愛い神社でした。
雨の中、弟と納骨堂回りをしていました。
我が家が入る予定だったお墓が
一族の御家騒動勃発後に無くなってしまいました。
本州と北国では冠婚葬祭やお墓に対しての習慣が根本的に違うので
説明すると長くなってしまうのですが(^_^;)
取り敢えず母が、家にお骨を置いておく事を嫌がるので
弟と検討している最中です。
なかなか現実問題として難しいなぁ…
画像は土方君。
実物は意外とイケメンでした(笑)
昨日は「快適♪」とか言ってたけど
今朝は寒くて目覚めました(笑)
今日は買い物や仏壇のセッティング等でバタバタし
外出時間は余り取れなかったけど
弟が車を出してくれたので
ジン君の職場へ行きました(笑)
丁度彼等の出勤時間に行く事が出来て
初めて生で3匹同時に見た。
可愛い(*´∀`*)
楽しかった\(^-^)/
札幌と神奈川ではテレビ番組が根本的に違います。
刀剣乱舞と最遊記が見れない(;_;)
窓開けて寝ようとしたら
寒かった…
安定の飛行機遅延はあれど(笑)
無事千歳到着。
快適過ぎて涙出る(´Д`)
嗚呼…今夜は一年振りに
窓を開けて寝よう♪
小学校3年〜4年は新卒の女性教師が担任でした。
社会科の授業の時、たまに自分の考えを呟く人でした。
広島や長崎の原爆授業の時
「まぁこれで戦争が終わる切っ掛けにはなったからねぇ」
生徒が原爆は必要だったの?と聞くと
「戦争だから仕方無かったかもね」
脳が柔らかく、まだ社会の情報が頭に入っていない年齢で
教師の話を「そうなんだ」と鵜呑みにしていました。
高校の近代社会史の授業の時に
その話を社会科の教師にしたら
烈火の如く怒りだし
「どんな事があっても、核兵器を肯定してはいけないんです!!」
普段は温厚な人だったので、クラス全員がビックリし
その後の丁寧な原爆の説明を
皆は真剣に聞いていました。
高校の授業が無ければ、私は今でも
原爆を「仕方無い」と思っていたでしょう。
大人は子供に対して、まだたいした理解は出来無いだろうと
適当に心無い事を言う時があります。
実際は、こんなに長く人間を続けていて
この時の言葉を今でも覚えています。
だから私は、相手が子供であっても
言葉の使い方に気を付けます。
まして歴史を伝える時に、説明者の思想はいりません。
毎年、原爆記念日に思い出す事でした。
キタ━━━━(*゚∀゚*)━━━━!!
・・・これで心置きなく帰省出来るわっっ!!
日傘を電車内に忘れてしまい
定期を更新しようと思ったら磁気がおかしくなり
電車に乗ったとたんに非常ボタンが押されて電車が止まったり…(-_-;)
嵐の中の外回りを覚悟して
普段からは考えられない程
どーでもいい格好をして来たら
日焼けしそうなピーカンで
台風の行方を見ていたら
私は台風と一緒に北上するらしい(´Д`)
私は生きていてはいけないのか?
北国に戻れるのは嬉しいけど
刀らぶで小竜祭りやっているのに
参戦出来無いのが残念過ぎるわぁ(;_;)
関東は夜になってからそろそろ荒れてきましたね。
今だ速度が遅い今回の台風
さて…私が帰省する時は…(遠い目)
疲れて気圧の変化もあってボロボロですが
同じボロボロでも、色気たっぷりの青江を脱がせて
癒されておりまするwww